ゲームはつまらなくなったのか

ゲームはつまらなくなったのか

ゲーム好きな人なら、一度は「昔のゲームはいかに素晴らしかったか」って話題に興じたことがあるはず。僕は1984年生まれなので、ファミリーコンピュータから始まってプレイステーション2くらいまでが多感な少年時代のお供だった。だから、どうしてもこのぐらいの時期のゲームについては愛着も多い。

5ちゃんねるに先日「【疑問】何故ゲームのレベルは年々上がっているのに『昔のほうが面白かった』という感想が絶えないのか」というスレッドが立った。(文:松本ミゾレ)

想像力豊かで、画面を見るだけでいろんな空想ができたあの頃……

僕も、当時大好きだったゲームタイトルならいくつも挙げられる。だけど、一方でそれらのゲームを今、もう一度あの頃の熱量で出来るかっていうと、ちょっと面倒くさく感じてしまう。思い出は遠くになりにけり……ってやつで、あくまでも想像力豊かで、画面を見るだけでいろんな空想ができる若い脳みそを持っていたあの時に遊んだソフトだったからこそ、きっと楽しかったと思うのだ。

例えば、僕が好きな『ファイナルファンタジーVI』にしたって、今やり始めたらユミール戦前にダルくなってやめてしまう可能性すらあるだろう。昔あった探求心と根気が、今はそこまで残ってないからだ。

同じような感覚を持っているアラサーアラフォーの元ゲームキッズって少なからずいると思うんだけど、この手の人ってしばしば「ゲームは昔の方が面白かった」と言ってしまう節がある。これについては正直、僕自身もそう考えているタイプなんだけど、一体なぜなのだろうか。

プレイしていたゲームにだって粗はある

よく言われていることだが、誰もが一番先に思いつくのが「最近のゲームグラフィックだけ進化して、中身はさほど進歩がない」という可能性だろう。可能性というか、これって当たっている部分もある。

すべてのソフトがそうだとするわけではないが、ストーリー面がどうしようもなくつまらなかったり、作業感ばかり感じるようになる作りであったり、昔から出来ていたことと同じことを今もやっていると感じちゃうところがある。

それから、昔のゲームと今のゲームを比較して考える以上、やっぱり意識しておかないとダメなのがプレイする側の変化だろう。多感な時期にやるゲームと、日々の生活や仕事に追われながら睡眠時間を削ってまでやるゲームとではプレイする印象も当然違うはず。

極端な話、アラサー以降の僕らが昔ハマッたあのゲーム。あの素晴らしいゲームも、今再プレイするといろいろと粗があることに気付くはずなんだよね。

その上で物事って「昔は良かった」が先行しやすいのは、ゲーム以外でもよくあることだ。昔のゲームが面白かった、という考えにいたる人が多いのは、若くて瑞々しい脳みそをフルで使って熱中する体力と集中力が備わっていた頃に遊んでいたソフトが、たまたまそれだったから……なんて可能性も、あるんじゃなかろうか。

「やりたいゲームがない」を“酸っぱいブドウ”という人も

当該のスレッドにも、さまざまな意見が書き込まれている。昔、少年だった頃にあんなにまでゲームに熱中していた僕らが、なぜ昨今の新しいソフト違和感を覚えるのだろうか。

「10代のころの感性が一番優れていて、その時に体験したものが一番面白く感じられるから。優れているというか、敏感というか」
「昔は他にする事が無かった。時間も気にせずゲームばっかしてたから楽しく感じたのかもな。今はゲームするのも体力使うわ」

昔のゲームは面白かったと感じること、そして今やるゲームが面白くないと感じてしまうこと。その双方を俯瞰して自分なりに折り合いを付けている人が、割と多いようだ。

中には

「『ゲームやりたい、または“ゲームをやっている自分が好き”だけどやれない』のを『やりたいゲームがない』と思い込むことによって自分を守りたくもなるよ。結局これも酸っぱい葡萄なんよな」

と鋭い指摘もあった。

確かにそういう側面はありそうだ。「グラフィックだけのゲーム」も実際あるにはあるんだけど、それだって子どもの頃に遊んでいれば「なんだこれ、めっちゃおもしれー」ってなっていたかもしれないわけだし。

子どもって遊びと想像の天才だと思う。だけど悲しいかな、いつまでもゲームに熱中してもいられない。大人になると、その機会がどんどん消えていってしまうのだろう。

「今のゲームはグラフィックだけ。昔の方がおもしろかった」は本当か 変わったのは“ゲーム”ではなく“自分”では

昔よりもダメージ計算やアクション性やデザインが圧倒的に進化している『MH』シリーズのようなスタッフの努力蓄積型のゲームは大人子供関係なくやっぱり売れてる。重要なのは『進化』スタッフの堆積してきた情熱や思い入れが作品にどう突然変異して反映されているかが本質であって、自分たちが子供の頃楽しんだゲームと大して違わないとどんなに言い訳しても無駄。ゲームは進化してる。


昔は昔で簡単に作れるからって今でいうインディーズなんかより遥かに劣るゲームが量産されてたんやで。昔の良ゲーと言われるものも自由度が少ないからかえって粗も発生しにくいっていうことだけなんだよな。つーか、どんなものにも時代の流れは付き物だから今のカルチャーを昔と比較して無理に批評しなくてええんやで。


ゲーマーは時代時代のハードの限界に踏み込む技巧に惚れるのであって製造の新旧では惚れないんだがなぁ。途中で止まったロートルはその引き出しが古ぼけてるので「昔のゲームが云々」とか言い出すが、長く続けている現役は良いゲームの引き出しがめっちゃ沢山あるぞ


「最近の○○はつまらんものばかり」と思い始めたら、その○○に飽きてきてるということなので新しい趣味を見つけた方がいいかと


ただの思い出補正定期


RPGなんかコツコツ技術を磨いて、頼まれごとをやって、報酬もらって、買い物して…現実と同じことを指先でやってるだけだからね。大人になったら、なんで遊びでリアルと同じことしてるんだ?ってなる。老人になって、現実で体が動かないとか、脳が衰えて現実に対応できないとか、そうなったらやるのもいいかもしれんけど。


ファミコンのゼビウスもボダラン3もどちらも面白いと感じますけどね。


良い部分も悪い部分もあるわいな。今のものも、昔のものにも。ただ、ちゃんと世界に引き込んで楽しませるゲームは昔の方が多かった気もする。構成がシンプルだからバランスやストーリーに注力できたのかねぇ…まあ、よくわからんのだけど。


昔のはバグや、裏技なんかでそういう方面で楽しめてたのが、最近のはそういうのが少ないし、アプデで修正されたりで少しさみしい・・・まぁ致命的なバグは修正されなきゃ困るけど・・・


そりゃあ昔の方が良かったってタイトルもあるし普通に今の方が神ゲーって奴もあるでしょう。 まあ今のゲームってボタンが15個以上あってその上全て覚えてなきゃダメ!ってゲームも問題あるとは思う。 どこぞのプロゲーマーも「昔は反射神経が一番必要」「今はシステムと全キャラの対策を覚えなきゃダメ」ってなったって言ってたし、答えは 無い が答えでは?


今のゲームはロボゲーがなくて悲しい…アーマードコアはいつ来るのか


この間とあるソシャゲのイベントで新ルールを覚えるのがめんどくさくて走らなかったあぁ年取って新しいことを覚えようとしないってこういう事かと実感したね


正直、最近のゲームは前情報が多すぎてやる前に大体こんなゲームかなと予想できてしまいプレイしても刺激が足らなくて思ったより面白くない=つまらないとなってるだけでは?


昔の方がおもしろかった←x 昔のゲームしか知らない←〇


確かに大作を中心に、RPGならシステム周り、アクションなら敵の視界なんかの要素が細かくてややこしいゲーム増えた気はする。だけど今も昔ながらのスタイルのゲームは山ほど出てるから、アンテナ高くしてみればとは思う


そりゃ自分が面白いと思った昔のゲームと有象無象の今ゲーム比べたらそうなるでしょ。昔のゲームなんてひどいぞ、ゲームバランスなんて全く考えてないやつなんていくらでもあった


FFは道なりが一本道になって、フィールドが無くなったのが寂しい。飛空艇で飛び回るのが楽しかったのに。あとストーリーは賛否分かれるのは仕方ないのでは?


どうしてわざわざ比較するんだ「ゲームは面白い」で十分だろ


今のゲームも昔のゲームもたいしてかわってないが正解だな ゲーム機が高スペックになったりメディアの容量が増えて表現の幅が広がったこととノウハウの蓄積で 見るからにクソゲーってほどのにおいたつクソゲーは出なくなったけど 結局のところプレイヤーが面白いって感じる部分は作り手の想像力だったりこだわりだったり調整次第だから


画面酔いするのがツライです・・・・・